title>軍師官兵衛 第六話 「信長の賭け」 あらすじ ネタバレ - 軍師官兵衛 非公式解説ブログ dismiss_pictograms | html %>:So-netブログ meta name="description" content="永禄十一年(1568)念願の上洛を果たした信長は、同盟を結んでいた浅井長政の裏切りをきっかけに京の奪還を狙う三好三人衆や、石山本願寺、浅井と気脈を通じている比叡山などに包囲された。 (世に言う信長包囲網ですね、この時の信長は本当に破滅の危機に瀕していました、なんせ本拠地である岐阜城に戻れないほど追い.." /> 姫路 子供 話題 人事 草津 岐阜" />
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軍師官兵衛 第六話 「信長の賭け」 あらすじ ネタバレ [ドラマ]

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永禄十一年(1568)念願の上洛を果たした信長は、同盟を結んでいた浅井長政の裏切りをきっかけに京の奪還を狙う三好三人衆や、石山本願寺、浅井と気脈を通じている比叡山などに包囲された。
(世に言う信長包囲網ですね、この時の信長は本当に破滅の危機に瀕していました、なんせ本拠地である岐阜城に戻れないほど追いつめられていたので・・・・・そのため前回の堺、大津、草津の町と統括して得た金がものをいうようになります、この時比叡山に助けを求めていたとも言います、しかしそれを断られて、浅井、朝倉、石山本願寺に敗北を認め、比叡山の僧侶たちに仲裁を求めて休戦を取り付けたはずです)

元亀二年(1571)比叡山焼き討ちです。死者は子供、女、修行僧、僧侶問わず皆殺し死者は数千人にも上るといわれています。
(もともとは女人禁制ですから比叡山はかなり腐敗していたといいます、酒、女なんでもありしかも寄付を受け付けていますから、金、人など軍事行動を簡単に起こせ、信長包囲網のかなめの地でもあり、助けを求めたのを断られたから焼き討ちしたのではなく、本願寺と朝倉の連絡網を絶ち包囲網を崩すための焼き討ちで焼き討ちのあと光秀の居城が建設されています)

元亀三年(1572)姫路では戦に供え、槍のけいこが行われていた、中でも太兵衛は抜き出て強くけいこが終わった後も稽古相手を必要に追い回すなどの性格に手を焼いていた・・・・・
ある日官兵衛も稽古場で見物していた、いつも通り太兵衛が相手を追い回しているそのたびに善助が止めに入る、善家が官兵衛に太兵衛から母里の名を取り上げるべきとの進言があったが官兵衛は聞き入れずむし太兵衛はいずれ役立つ日が来るその時まで善助が面倒を見るよう言い渡した。

光が酒の肴を支度し居間で官兵衛が酒を飲んでいる
肴はウナギ、休夢が持っていてらしい、意図はもちろん次の子供だ。
光が本音を明かす、姉が二人目を身ごもった、しかし自分はまだ松寿丸一人しか生んでいない、武家の女は跡継ぎを一人でもおおく生むことそれが務めだ・・・・・
しかし自分は務めを果たしてはいない、官兵衛に側室を持つように言うが官兵衛はそんなつもりは毛頭ないおなごは光一人と決めている、それに今は仕事に専念したい。

比叡山焼き討ちの余波はすさまじく、浅井、朝倉、石山本願寺、それに加え、甲斐の武田が上洛へ向け兵を挙げようとしている、藤吉郎は信長のもとに行き武田の動きを伝えた、しかし信長は「真の敵は誰だ?」そいつをあぶり出し元を断つそれで終わりだ・・・・・「果報は寝て待てだ」そういって岐阜へと帰った

この年の九月足利義昭のもとに信長からその行状を非難する十七条の意見書を送り付けられ、それを見るなり激怒した。
光秀は信長と義昭の関係性に手が負えなくなってきている、とりあえずは義昭が折れることが肝要と進言した、義昭は信長により行動が制限されている、諸大名に書状を送るのにも信長の添え状が必要などというものである、この提案も受け入れた・・・・・
しかし義昭にはある思惑があった・・・・・・

御着城では政職と重臣たちによる評定が行われていた
信長包囲網が話題に上り、武田相手ではもはや信長もかなわないとの見通しだ、信長が失墜する日が来るのを政職はどこか楽しみにしている
江田も信長を軽く見ている、官兵衛だけが劣勢でありながらも信長が中心にいることに変わりはないとの意見を進言するが、政職は興味がない、毛利、本願寺、武田の誰かが何とかすると思っているようだ。
官兵衛が他人事だと片づけるのはいかがなものかと進言した時、斎が評定の場に入ってきた。
あわててお紺が止めに入るが政職は斎を怒るところか抱き上げこのこのためにもこの御着を守らなければならないと話をすり替え官兵衛の進言を退けた。
左京亮が詫びる、このところ体の調子が思わしくない、官兵衛後押しには精彩を欠いている
官兵衛は首を横に振り、松寿丸のことなどを話した。
左京亮は「二人目はまだか?遠慮はいらぬ側室を持て」
側室は持たないそれは官兵衛が決めたこと、決して揺るがない。

姫路城下の草むらで家臣団たちが取っ組み合いをしている、太兵衛対数十人の家臣団だ・・・・
しかし太兵衛も数十人相手では分が悪いようだが、かなり善戦している。
それを見た善助がついに堪忍袋の緒が切れた、「母里の名を返上せよお前にはもったいないかえっておとなしくしていろ!追って沙汰する」

この騒動はただの喧嘩ではない、先に手を出したのは太兵衛ではなかった先日やられたのを根に持ち太兵衛の守り袋を奪って起きた出来事だった
守り袋の中にはかぶと仏がはいっていた、そのかぶと仏は官兵衛が武兵衛にあげたものだった。
太兵衛に事情を聴くと、武兵衛の母に「母里の男は殿を守るために命を懸けた、その思いを忘れることの無いようこれを身に着けていろ」といただいたそうだ。
その言葉を官兵衛は胸を熱くして聞いていた。
善助が頭を下げ太兵衛に「わしはまだ人の気持ちがわかっておらぬこれでは武兵衛様に申し訳がたたぬ」
官兵衛は善助と太兵衛の絆をより深めるため、兄弟の契りを結ぶよう言い渡した、「善助の知識と、太兵衛の武力が合わさればこれほど頼もしいものはない」
「善助、お前は分別がある兄として太兵衛の面倒を見よ」
「太兵衛これからは善助のいうことに決して逆らってはならぬ」
そうして二人は兄弟の契りを交わした。

同年十月武田信玄が上洛の兵を挙げた、しかし信長は行動を起こす気はないお濃の鼓に合わせて舞を踊っている、そこへ勝家が報告に入ってきた
「徳川様が武田信玄にことごとく打ち破られました」
「家康は無事か?」
「はい」
「一日でも長く進言を足止めさせよ、そう家康に申し渡せ」
(この戦いは家康が恐怖のあまり脱糞した戦いです、その後自分の失敗を忘れまいと、掛け軸に自分を描かせたのは有名な話です)
「親方様兵をお出しにならないのですか?」
「控えよ!下がっておれ」
(援軍の兵を出すことを後詰といいます、もし見捨てて後詰をしなければ、裏切られたと思い、そのまま敵軍へ寝返ります、つまり援軍(後詰)をするのはこの時代では当然のことなのです、しかし信長はこの時震源と事を荒立てるつもりは毛頭なかったといいます、なぜならその時正面から武田とぶつかれば自らが滅ぼされることがわかっていたからです、だからこそ、息子の信雄に武田の孫娘と娶らせていたのですから)
信長は命を懸け、火の手が上がるのを待っていた、この命を懸けた大勝負がたまらなく面白い
お濃は「もし命尽きるときはこの、お濃がお供いたします」

明けて元亀四年(1573)藤吉郎と半兵衛は信長の本陣で新年を迎えた。
「果報は寝て待て」この言葉のの意味と信長の手の内を半兵衛が読んでみた。
「信長様は京に火の手が上がるのを待っている」、それを聞いた藤吉郎もなんとなく言葉の意味が分かってきた「つまり義昭公か・・・・・」
信長は将軍義昭が兵を挙げるのを待っている、自ら兵を挙げ京を攻めれば逆賊となる、しかし義昭の方から兵を挙げ軍の討伐という大義名分を掲げることができれば幕府倒す名目が整う。
そして信長の策は京で功を奏し始めていた
義昭と和議を結びたいと信長から言ってきた、しかも人質まで出すという。
この申立てに光秀は応じるべきだと進言するが・・・・・
義昭は信長のこの仕掛けに見事に引っかかる
「信長は進退窮まっている攻めるべきはいまだ!!今こそ信長を打ち取るとき!!」

信長の待っていた知らせが岐阜城の的場にて知らされた。
信玄は家康が三河にて足止めしている。
「こたびもわしは賭けに勝った」
独り言をいうと直ちに戦支度を整え京へ向け進軍を開始した。

信長の軍勢は逢坂山を越え、東山の知恩院に入った、信長を迎えたのは摂州茨城城主となった荒木村重だ
「荒木村重、義昭ではなくわしに味方するか?」
村重は義昭ではこの乱れた世をただすことはできないと考えていた。
次いで信長は摂津の状況を村重から聞く、村重は摂津では小競り合いが続いている、しかし自分に切り取りを任せくれればすぐさまに平定してみせると豪語した。
信長は佩刀と手に取り饅頭を刺し村重の前に差し出した
「食え」
村重は緊張と恐れからまるで金縛りにあったように動けない、信長のもとへにじり寄ると饅頭を口に入れた
その途端信長が笑だし
「村重、摂津一国切り取りしだい、好きにするがよい」
「ははっ」
村重は深々と頭を下げた

上洛した信長は二条御所の周囲に火を放ち威嚇した、恐れをなした義昭はわずか二日で降伏した
文四郎は京での一連の出来事を見聞し、姫路の官兵衛と職隆に報告した。
文四郎は戦以外の信長の側面についても報告した、「信長公は気に入ったものは家柄を問わず格別に引き立てます、摂津一国を新参者の家臣に任せたといいます」
官兵衛はその新参者の家臣の名を聞いて驚いた!
「荒木村重?!」
堺に鉄砲を買い付けに行った際に助太刀してくれた牢人だということを職隆に話をした。
官兵衛はもどかしくも、口惜しくもある
世の中は動いているしかし自分はそれらの様子を伝え聞くだけ・・・・・
これでは井の中の蛙だ・・・・・
職隆にそう相談すると、職隆は「ならば摂津に行って荒木村重殿に合ってくればよい、姫路の留守はわしが守る、殿にはうまくいっておく、行って来い」
官兵衛は安心して姫路を発った

茨城城を訪れた官兵衛を村重は歓待した
「おのれの才覚までここまでのぼりつめたと言いたいが、ま、運が良かったのじゃ」
そういいながら茶室へと案内した。
(官兵衛は茶の湯に詳しくない、それは秀吉が天下を取った後でもそれは変わらず、秀吉にそのことを戒められることもあったという、知識だけではなく密室で密談していると悟られないためにも茶の心得を得て密談に利用できるという話を聞き官兵衛はお茶の勉強を始める)
「一つ秘密を教えてやる、武田信玄が死んだ、武田は隠しているが、織田方は見抜いている」
そして村重から名物茶器をを見せられた、しかし官兵衛にはまるで良さがわからない・・・・・
村重はそのことを見抜いていた、この茶碗一つで城が買える、しかも信長も名物茶器を集めることに没頭しているという。
(このことにより三好三人衆の一人松永の謀反を許したりします、そして松永は信長軍の目の前で信長が一番ほしがっている茶碗をたたき割り自害しました)
官兵衛は信長という人物に強い関心を抱いている、天下布武の号令をかけ、楽市を開き、家柄を問わず実力次第で引き立て、比叡山を焼打ちにした。
単刀直入に村重にどのような人物かを聞いた。
「比叡山のものは腐敗しきっていた、そのようなものを信長様は一番嫌う、そしてひとたび敵とみなすと容赦しない、血も涙もない、その所業故、魔王と呼ぶ者もいる」
「信長様はこの世で、自分以外信じてはおらぬかもしれぬ、あれほど恐ろしい方はおらぬ・・・・・しかし人を引き付ける何かがあるついていきたいと思わせる何かが・・・・・」

官兵衛は茨城城に善助と太兵衛を連れてきていた。
村重は豪華な料理と酒でもてなした、それよりも官兵衛たちは舞を踊る妖艶な女性に見とれていた
「わしの嫁のだしだ、美人は三日で飽きるというが一緒になって三年いっこうに飽きが来ない、わしには出来すぎた嫁だ」
舞を終えただしが官兵衛に酌をしに来た
「播磨一の切れ者とうかがっております」
官兵衛は酒も手伝い、顔が真っ赤になった
それに引き替え太兵衛は酒にめっぽう強い、官兵衛の分も酒を飲み干し村重を喜ばせた
村重は今後信長が天下を取るのは間違えない、官兵衛も信長とのよしみを通じていた方が良いとアドバイスした、しかしいつ播磨を出て京へ行けるのかがわからない・・・・・
ざんねんに思っていると三日後村重が出陣するという
槇島城にて性懲りもなく義昭が兵を挙げたそうだ、今度は信長も許さないであろう
村重に善助と太兵衛を陣の端に加えてくれるよう頼んだ。
村重が快く了承すると、官兵衛は夜遅く櫛橋左京亮の訃報を聞き、茨城城を後にした。

官兵衛が姫路に戻った、光は悲しみに沈んでいる、二人目を見せたかったようだ
「子は授かりもの、それよりも今いる松寿丸をしっかり育てることが大事だ」
「立派な方だった、あの方がいなければわしは御着で思うように仕事ができなかったであろう、ご恩返しができなかったことが残念だ」
官兵衛は心の底から、左京亮の冥福を祈った

琵琶湖を織田軍の小舟が埋め尽くし、その奥に大船が浮かんでいる、まるで湖に要塞をきずいたかのようだ槇島城は完全に包囲された、藤吉郎が城内に入り義昭を河内若江城へと連れて行った。
これにより将軍義昭は追放され、二百年続いた室町幕府は終わりを迎えた。
信長の号令により、年号を天正に改められた。
信長が天下を取るには播磨の西の毛利輝元を攻略しなければならない、輝元は祖父、元就から家督を継いだ若き国主で伯父の小早川隆景、吉川元春の補佐により勢力を保っている中国の眠れる獅子である。

興奮さめあらぬ様子で善助が戦の様子を語る
「すべてがけた違いです、兵の数や武具、馬具の見事さ、兵糧の蓄え、ただ唖然とするばかりでした」
「太兵衛は人で百人千人を一人で倒すと、滝に向かって槍を突き稽古しています」
官兵衛が肩をゆすって笑うと、善助は一礼して下がった。
官兵衛は顔色が一変し厳しい表情で地図を見た、播磨は織田領と毛利領に挟まれている。
いずれ織田家が西の毛利に向け進行してくることは必然、そうなれば播磨の地が両者の戦場となる。
それは避けられない宿命だった。


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